
先日、さくらももこ展に行って来まして、さくらももこの世界観って本当に唯一無二で素晴らしいなぁと心を強く打たれました。そして、その流れでちびまる子ちゃん初期OP曲の「ゆめいっぱい」がしばらく頭の中で鳴り続けたので、原曲を聴きたくなってYoutubeで実に何十年ぶりかにしっかりと歌詞やメロディを意識しながら聴き込みました。
もう、込み上げてくるモノの多いこと多いこと。私はもうすぐ40歳になるので、日曜18:00に初期のちびまる子ちゃんを観ていたのは8歳とか9歳とかそのくらいの年齢の頃だったと思います。
ゆめいっぱいという楽曲のクオリティも素晴らしいのですが、それが流れていたOPの楽しそうな画の雰囲気、それを観ていた茶の間の家族の雰囲気、その頃の暮らしの色や匂い。そういったモノすべてが想起されて、懐かしく愛おしくちょっぴり切ない気持ちになります。
ところで、この「懐かしく愛おしくちょっぴり切ない気持ち」は、大抵が幼少期の思い出として大事にしまわれているコトが多い印象です。

祖父の自転車の後ろに乗って行った近所の団地内の駄菓子屋、母親と一緒に歩いた雨の日の病院までの道のり、花火大会の場所まで皆で行った時の夕暮れ時の海の景色。思い出せばキリがありませんが、自分が小学生の頃までの思い出が非常に多いです。
あくまで私の場合の例に過ぎませんが、小学生の頃までの経験の多くは、その瞬間が初めてだったことが多いです。だから、当時はそんな風に認識していたとは思いませんが、強く心がときめいて、細胞がぎゅっと記憶し、ほとんど色褪せずに、しかし時間経過というノスタルジックなスパイスを使って、今も素敵な風景を見せてくれるような気がします。
思い出に耽ることはあまり良くないコトとして扱われがちですが、そういった思い出があるというコトは、家族や周りの人たちに、色彩豊かな素晴らしい時間を与えてもらって来た証拠でもあると思います。
ゆめいっぱいを聴いたコトをきっかけに、現代を生きている子供たちにも、大人になった時に「懐かしく愛おしくちょっぴり切ない気持ち」になるようなたくさんの思い出が作られるといいなぁと、そんなコトを思ったのでした。